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都内在住ビジネスマン。CSV、サステナビリティ等に関することを 2019.5 Livedoor Blogから引っ越してきました。

今求められる直感や感性~世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? ブックレビュー

14世紀のイタリアで起きたような水面下での転換は、すでに起こりつつあると、私は考えています。それは「物質主義・経済至上主義による疎外が続いた暗黒の19~20世紀が終わり、新たな人間性=ヒューマニズム回復の時代が来た」と表現されるべき転換です。(中略)一点指摘するとすれば、その「兆し」の一つが、多くの組織人や個人によって、取り組まれている「美意識復権」に関する取り組みなのではないか、というのが私の結論です。そして、その最もわかりやすい兆しが、「システムから大きなメリットを得ているエリートが、システムそのものの改変を目指して、美意識を鍛えている」という現象なのです。(本書より)
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昨年末位から、アート×ビジネスをテーマとした書籍が数多く出版されていますが、今もその傾向変わらず、類書も増えています。

なぜ、世界のエリートはどんなに忙しくても美術館に行くのか? の書籍を題材に、昨年末の記事で紹介した、VTS(Visual Thinking Strategy)

前回紹介した書籍が、VTSや対話型鑑賞法、ギャラリートークと呼ばれる手法を学び、ファシリテーターと鑑賞者の具体的なコミュニケーションを学ぶものだとすれば、今回の書籍は、ビジネスの側面からその必要性や美意識の重要性、サイエンスではなくいかに、アートの力が必要かを説いたもの。

コーン・フェリー・ヘイグループのシニア・クライアント・パートナーとして、組織開発や人材教育、リーダーシップ育成等を手掛ける、山口 周氏による著書。長年、経営戦略のコンサルティング・ファームに在籍していたからこそ説得力が増す、理詰め思考一辺倒への警鐘。
2017年の夏に発売されました新書ですが、大型書店では今も平積みされる本書を紹介しましょう。


●なぜ「美意識」が求められるのか?

タイトルにもある、世界のエリートは「美意識」鍛えるのか?本書が素晴らしいのは、「忙しい読者のために」と題して、冒頭に要約をギュッと凝縮して紹介していること。

本書で語らえる「美意識」とは、右脳的思考、直感や感性と呼ばれるもの。そのポイントを自分なりに解釈してみました。

1:「正解のコモディティ化「方法論としての限界」として、理論的な考えを突き詰めると誰もが同じような解が生まれてしまい、今のビジネス界では、左脳よりも右脳求めれること。

2:商品やサービスの購入に至る意思決定が、価格や機能から、情緒的な価値に移行している。つまり、人の承認欲求や自己実現欲求を刺激するものへシフトしているということ。

3:これまでの商習慣や法律では整備しきれていないグレーゾーンの意思決定には、企業としてのモラルが問われており、何を正とするのか?その判断には哲学的な意味での「美意識」が求めらているということ。

これらのポイントが、P.14~21のわずか8ページの中で紹介されています。

そうした美意識を鍛えるには、従来のMBAではなく、美術系大学の大学院で学ぶ、世界ののエリートが増えているということ。
「グローバル企業の幹部候補、つまり世界で最も難易度の高い問題の解決を担うことを期待されている人々は、これまでの論理的・理性的スキルに加えて、直感的・感性的スキルの獲得を期待され、またその期待に応えるように、各地の先鋭的教育機関もプログラムの内容を進化させている」

てっとり早く、そのエッセンスを理解したいということであれば、この箇所を読むだけでも本書は充分価値があると言えます。


●「美意識」を鍛えるために

ミシガン州立大学の研究成果によれば、「アート」と「サイエンス」が、個人の中で両立する場合、その個人の知的パフォーマンスもまた向上する というもの。
では、その「アート」的なセンスや美意識を鍛えるためにどうすれば良いか?の一例として挙げられるのが、少人数のグループで絵画等のアート作品を見る、ギャラリートーク

入力される情報として定式化されない範囲まで観察し、観察された事象から様々な洞察を得て意思決定の品質を高める。そこで求められるのが、「観察眼」であり、そのそのスキルを磨く一つの手法がギャラリートークというわけです。

海外では、ニューヨークのメトロポリタン美術館や、ロンドンのテート・ギャラリー等の美術館では、ビジネスパーソン向けのギャラリートークのプログラムが提供されているとの事。

観察眼を鍛えることに関して、興味深かったのは、パターン認識に関する記述。ビジネスの世界に限らず、あらゆることに対して経験を深めれば、ある事象が起こったときに、「過去のあったアレ」と同じだと見抜くことができる。これは過去の経験やその対処を深めたことによるパターン認識で、効率的に解を求めるのには効率的ですが、危ういものでもあるという指摘です。

白鳥というものは白いものだ、という認識に凝り固まってしまうと、目の前に「黒い白鳥」が現れたとしても、目の前の現実を否定し、それまでの概念を維持しようとし続けるわけです。

過去の思い込みを排除し、アート作品をありのまま見るVTSは非常に有意義であることが紹介されています。


●直感や感性が重用される流れ


本書では、千利休が世界最初のクリエイティブディレクターであるというとても興味深い考えが述べられます。また、オーディオメーカー ハーマン社CEOの詩人こそ、世界を観察し真のデジタル思考ができる人材であるということが紹介されていました。

最近では、マッキンゼーがデザイン・コンサルティング会社を買収したり、IBMが千人規模のデザイナーを採用しています。また、クリエイティブディレクター、アートディレクターと呼ばれる佐藤可士和氏がユニクログローブライドの経営者から求められているものが、従来の広告やデザイン分野に留まらず、その領域を広げています。直感や感性を重んじるその流れは、今後も一層加速すると言えるでしょう。

ちなみに、弊社で提供するワークショップも、ある美術館と提携し、ギャラリートークと組み合わせたカリキュラムを開発中です。乞うご期待。

ストーリーや世界観はコピーできません。ストーリーや世界観というのは、その企業の美意識がもろに反映するわけですから、これはサイエンスではどうしようもない。そして繰り返せば、アップルの本質的な強みはテクノロジーでもデザインでもなく、アップルという抽象的なイメージに付随する世界観とストーリーなのだということです。ここがイノベーションが継続的な経済価値を生み出すものになるかならないかの分水嶺であり、言うまでもなく、世界観とストーリーの形成には高い美意識が求められることになります。