Marketing They Are a-Changin'

都内在住ビジネスマン。CSV、サステナビリティ等に関することを 2019.5 Livedoor Blogから引っ越してきました。

真の制約を前提に未来を描く 「バックキャスト思考」 ブックレビュー

バックキャスト思考を適切に実践すれば、エネルギー資源の制約を受け入れることは大前提となります。そのうえでシンプルクエスチョンを繰り返せば、「自動車で移動する」さらには「何らかの移動体で個人が移動する」という価値観の変革にまで踏み込むことができるでしょう。そうなれば、自動車をどのように変化させるのではなく、たとえば、「自動車のいらない街に必要な移動媒体はどのようなものか」 「人が大きく移動しないでも暮らせるようにするにはどうすればいいか」 といった発想が生まれます。(本書より)
カラー表紙

著者によれば、「バックキャスト思考」が世の中に認知され広まったのが、1997年 スウェーデン環境保護省がまとめた「2021年の持続可能性目標」がきっかけ。最近では、企業が長期的なビジョンや経営戦略の立案等で用いられることが増えてきました。

 

さて、今回 とり上げる「バックキャスト思考」  皆さんはその思考法を正しく理解していますか?
本書序盤で提示されるバックキャスト思考の定義はこちら。
 
『バックキャスト思考とは、未来のあるべき姿を考え、そこから逆に現在を見ること』

 

この定義に対し著者は、説明としては間違っていないが、思考の起点となる「未来のあるべき姿」をどう考えるかが曖昧で、定義としては誤解を招きやすいと指摘しています。

 

では、未来の姿をどう定義するのか?、そして、バックキャスト思考のプロセスは? その疑問に対し、明快に答えるのが本書となります。

 

バックキャスト思考を進める手順を本書では、以下、5つのStepとしていますが、ここでは、その中でも重要な役割を果たす 「制約」を明らかにし肯定すること、つまり、Step1とStep2に絞り紹介しましょう。
 
Step1:解決した問題に関わる「制約」と関連する要素をすべて洗い出す
Step2:「シンプルクエスチョン」を繰り返し、本質的な「真の制約」を明らかにする
Step3:真の制約を受け入れたうえで、未来像を描く
Step4:その未来に対し、現在のままでは発生してしまう問題(解決するべき本質的な問題)を見極める
Step5:その問題を解決する方法(解)を検討する



●バックキャスト思考の前提となる「制約」の肯定

 

まず最初に、なぜ著者が本書を執筆したのか?その動機があとがきで明かされます。

 

・バックキャスト思考が誤った認識のもとに、多くの企業研修が行なわれていること
制約を考慮することなく、勝手に未来の姿を描けば、フォーキャスト思考になってしまう。

 

・企業が長期戦略を策定し、描いた未来図やそこで描かれる社会は、どの企業も驚くほど似ていること
そうなってしまうのは、これらの絵がすべてフォーキャスト思考で描かれているからに他ならない。

 

確かに、バックキャスト思考やバックキャスティングのキーワードでネット検索をしてみると、コラム的コンテンツで述べられることは、自由に 「望ましい未来」 「なりたい未来」 を描くこと・・としていることが散見されます。

 

本書では、「電球が切れた」 ことに対する対処方法(思考)として、バックキャスト思考とフォーキャスト思考の違いが紹介されていますが、バックキャスト思考の前提には、「制約」を受け入れ肯定する土台があるとしています。

解決1:フォーキャスト思考
新しい電球に付け替える~目の前の制約(問題)を否定(排除)する思考
 
解決2:バックキャスト思考
電球なしの生活を楽しむ工夫を始める~目の前の制約(問題)を肯定する思考

 

では、なぜ制約(問題)を肯定する必要があるのか、それは、少子高齢化、地球環境等、制約を排除できない問題が急増しているから。
そして、地球環境問題を例に、その解決策をフォーキャスト思考で考えると、概ね、以下の2つに収斂されることを指摘しています。
・環境劣化や資源の枯渇に配慮して、これまでの豊かさをガマンする
・テクノロジーの進歩によって、環境負荷を小さくする
 
省エネ家電と呼ばれる商品は世の中に溢れ、人々の環境意識も高まっているのに、一向に解決しないのは、人間の欲であったり、大量生産・大量消費という現在の社会構造であること、そして、描く未来が、テクノロジーやライフスタイル、価値観そのままであることが課題であるというわけです。
 

比較図
本書より

 
では、上のバックキャスト思考の「土台」となる「制約」を明らかにする」とはどういうことなのでしょう。

 

本書では、AIやIoTによる自動運転の車を例に解説します。2015年から2020年には、世界の電力消費量が8倍になるという予測があり、その需要は増え続ける中、街中に溢れる自動運転の車を運用・管理する膨大なエネルギーを賄うことは出来るのかという問題提起をしています。制約を理解し、受け入れなければ、描いた未来は絵に描いた餅というわけです。

 

つまり、個人が勝手に考え、こうありたいと望む未来から物事を考えても無意味であり、「制約」つまり、現状の課題や事実を受け入れた上でそれを前提に「豊かな暮らし」を実現するための「解」を探るのがバックキャスト思考と言えます。



●真の制約を明らかにする「シンプルクエスチョン」

 

バックキャスト思考で解を見つける上で重要なのが、現状の制約を理解・肯定すること。そして、その制約を明らかにするのが、「シンプルクエスチョン」というわけです。

 

シンプルクエスチョンでは、実際に起こっている現象に対し、頭に浮かぶシンプルな疑問を繰り返し投げ掛けます。その解答を考えることで、問題の本質的な原因と構造を明らかにしていくことができるのです。

 

こうした考え方は、以前にブックレビューでも紹介したVTS(Visual Thinking Strategyと共通してますね。

 

そして、シンプルクエスチョンを効果的に行なうポイントは、「論理性」、「正当性」について問い、「将来予測」、「解決策」、「事実の確認」についての問いは、有効ではないとしています。
このシンプルクエスチョンの問いの立て方は、ビジネスの現場でも色々と有効に作用しそうです。
シンプルクエスチョン

 

本書では、ゴミの削減が進まないことに悩む自治体を例に、具体的なシンプルクエスチョンが複数挙げられ、日本人の習慣であったり、産業構造の問題から、その「制約」が、「使い捨て容器包装」 に行き着くプロセスを解説しています。

 

ゴミ問題に対する、「論理性」や「正当性」に合致するシンプルクエスチョンの具体例も提示されていますので、詳しくは本書をご覧下さい。

 

イノベーションにつながるテクノロジーやサービス、政策を考える上で、もはや環境問題の制約を受け入れることは必須であること、少し長くなりますが、著者の提言を紹介しましょう。

 

気候変動(温暖化)対策でCO2削減のため、クルマを電気自動車に置き換える、という発想は、真の制約を理解していない典型例だといえます。未来における気候や資源、エネルギー、人口、水や食料、生物多様性をめぐる状況などがどうなっているのかを網羅的に考え、真の制約を受け入れている社会から構想すれば、「クルマのいらない街づくり」 「未来の移動媒体」 といった発想を持つことができるのです。 (中略)ビジネスであれ、プロジェクトであれ、個人の生活設計であれ、長期的な視点に立って計画を立てようとするならば、「自然環境との共生」は、理想論ではなく、現実の課題だと捉えるべきでしょう。



本書後半は、著者が研究を進める、自然を教科書としてものづくりを行う、テクノロジーの未来 「ネイチャー・テクノロジーが紹介されています。バックキャスト思考とネイチャー・テクノロジーとがどうつながり、連続性を保つのか、いささか疑問でしたが、その答えとして、持続可能性・環境負荷の低さ・機能性の高さ・人間との親和性の高さ が挙げられています。
地球環境を避けられない制約として受け入れるからこそ、その解を求める上で参考にするのが自然界というわけです。
 
他にも新しいライフスタイルを提案する企業の役割の重要性、その持続可能なライフスタイルを実現するためにヒントを見出す、90歳ヒアリングの紹介等、歯応えのある一冊でした。
 
 
ちなみに、以前に立ち上げや運営に関わったGreen TV Japanでは、著者のインタビューを通して、自然に学ぶものづくり、ネイチャーテックの映像コンテンツを制作し公開しています。5分程度のショートムービーですので、是非、ご覧下さい。